【医師監修】単純ヘルペスウイルスが引き起こす危険な炎症、ヘルペス脳炎とは
ヘルペス脳炎とは?命に関わる脳の炎症
ヘルペス脳炎とは、ウイルスが脳に入り込み、炎症を起こす病気です。炎症によって脳の働きが急激に乱され、命に関わるような重い症状が現れることがあります。
早めに治療すれば回復できる可能性もありますが、治療の開始が発症から24時間以内かどうかで、その後の経過に大きな差が出るとされています。対応が遅れると命に関わったり、回復しても後遺症が残ることがあります。早期発見と早期治療が非常に重要です。
単純ヘルペスウイルスが原因
原因となるのは、「単純ヘルペスウイルス」というウイルスです。このウイルスは、口のまわりにできる「口唇ヘルペス」や、性器のまわりにできる「性器ヘルペス」といった身近な症状を引き起こすことで知られています。
一度感染すると、ウイルスは体の中の神経に潜り込み、普段は静かにしていますが、体が弱ったときに再び活動を始めることがあります。そして、そのウイルスが脳に入り込んで炎症を起こした場合、ヘルペス脳炎を発症するのです。
大人や年長の子どもに起きる場合は、口のまわりに感染するタイプの単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)が原因になることがほとんどです。一方で、生まれたばかりの赤ちゃんでは、母親などからうつる単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)によって脳炎になることがあります。
免疫が低下している場合は、どちらの型であってもウイルスが再活性化し、脳炎を発症するリスクが高まってしまいます。
ヘルペス脳炎の発症の割合は稀だがゼロではない
ヘルペスウイルスそのものはとてもありふれたウイルスで、日本人の多くが子どものころに感染しています。しかし、その中で脳炎になる人はごく一部に限られており、年間に見るとおよそ100万人に3〜4人程度とされています。めったに起こることではありませんが、誰にとっても無関係とは言い切れない病気です。
この病気は50〜60代で多く見られる傾向がありますが、新生児や子どもでも発症することがあり、年齢を問わず注意しないといけません。免疫力が下がっているときや、持病がある方は、ウイルスの再活動によってリスクが高まることがあります。致死率は治療薬の進歩により低下しているものの、油断できない疾患です。
ヘルペス脳炎はどうやって脳に感染するのか
ヘルペス脳炎は、単純ヘルペスウイルスが皮膚や粘膜から体内に侵入し、最終的に中枢神経系、つまり脳にまで達することで発症します。どこからウイルスが入ってくるのか、そしてどんな経路で脳に到達するのかを理解しておくことが、この病気の予防や早期対応のために役立ちます。
どこから感染するのか?
単純ヘルペスウイルスの感染経路は大きく分けて2つあります。ひとつは、唇や皮膚などに現れるヘルペス病変、もうひとつは性器ヘルペスなどの粘膜を介した感染です。これらの病変に触れたり、感染者の唾液などに接触することでウイルスが体内に侵入します。新生児では、出産時に母親からの感染(産道感染)が多く、成人では過去に感染したウイルスが再活性化することで脳炎を引き起こすことが多くなります。
すでにヘルペスウイルスに感染している方では、普段は体の中にひそんでいるだけで症状は出ません。しかし、体調を崩したときや免疫が落ちているときなどにウイルスが再び動き出すと、まれに脳にまで広がって脳炎を引き起こすことがあります。
なぜ脳にまで広がるのか
体に入ったウイルスは、すぐに脳に行くわけではありません。まずは皮膚や粘膜の近くにある神経に入り込み、そのまま神経の中に潜んで静かにしています。そして、再び活動を始めると、神経の通り道をさかのぼるように移動し、最終的に脳にたどり着くのです。
HSV-1は嗅神経や三叉神経を経由して入り込みやすいのが、脳の「側頭葉(そくとうよう)」と呼ばれる部分です。ここは、記憶や感情をつかさどる大切な場所であり、炎症が起きるとさまざまな脳の働きが乱されます。ときには、呼吸や意識に関わる中枢にまで影響が及ぶこともあります。
新生児では、ウイルスが血液の流れに乗って脳全体に広がるケースもあり、症状が重くなることがあります。
ヘルペス脳炎の症状:急激に進行する恐怖
発症から短期間で深刻な神経症状へ進行することがあるため、「気づいたときには手遅れ」というケースも少なくありません。初期は風邪と区別がつきにくく、少し様子を見ようと思っている間に、意識がなくなったり、けいれんを起こしたりすることもあります。子どもと大人では症状の出方に違いがあるため、それぞれの特徴を知っておくことが早期対応につながります。
初期症状が風邪のように見えることがある
ヘルペス脳炎の始まりは、発熱や頭痛といった、ごく普通の風邪に似た症状から始まることが多くあります。ときには鼻水やのどの違和感なども見られるため、風邪だと思って様子を見る人も少なくありません。しかし、この病気の特徴は、こうした症状のあとに急激な変化が起きる点にあります。
たとえば、数日たたないうちに、会話がうまくできなくなったり、反応が鈍くなったり、幻覚や妄想のような異常な言動が出たりすることがあります。本人に自覚がないまま、周囲が「様子がおかしい」と感じることも多いため、いつもと様子が違うと感じたら、早めに病院を受診することが大切です。
子供のヘルペス脳炎症状:けいれんから意識障害
子どもの場合、症状の進行が非常に早いのが特徴です。多くの場合、突然の発熱に続いてけいれんを起こし、その後に意識がはっきりしなくなるといった経過をたどりますが、けいれんに先立って嘔吐がみられる例もしばしばあるため、注意が必要です。
新生児では、「熱が出ない」「発疹がない」といった典型的でない症状を見逃さないことが大切です。たとえば、母乳を飲まなくなったり、ぐったりして動かなくなったりといった、見逃しやすい変化が最初のサインになることもあります。
成人が発症した場合の症状:頭痛から記憶障害
大人がヘルペス脳炎を発症すると、多くの場合は再び動き出したウイルスが脳に入り込んで炎症を起こします。最初は頭痛や発熱といった風邪に似た症状から始まり、数日以内に意識がもうろうとしたり、意味のわからない言動をしたりといった、精神的な症状が出てくることがあります。
特徴的なのは、脳の側頭葉に障害が起きやすいため、記憶障害や短期記憶の消失といった認知機能の低下が強く出るケースです。短期記憶が失われたり、以前とは性格が変わったように感じられたりすることもあります。これらの症状は本人よりも家族や周囲が最初に気づくケースが多いため、気づいたときにすぐ対応できるよう、知識を持っておくことが重要です。
ヘルペス性脳炎は初期診断が大切!
ヘルペス脳炎は、時間との勝負になる病気です。進行がとても早く、放っておくと命に関わったり、後遺症が残ってしまうかもしれません。
だからこそ、医師は「ヘルペス脳炎かもしれない」と感じた時点で、確定診断を待たずにすぐに治療を始めることがあります。そしてその一方で、病気の正体をできるだけ早くはっきりさせるために、いくつかの検査が行われます。
MRIとCTスキャンで早期発見
まず行われるのが、脳の画像を撮って異常がないかを調べる検査です。代表的なのは「CTスキャン」と「MRI」と呼ばれる方法で、どちらも頭の中の様子を詳しく見ることができます。
CTでは、脳の腫れや出血のような大きな変化が確認できます。さらに詳しく調べたいときには、MRIという検査が行われます。MRIは、脳の中でも特に記憶や感情をつかさどる「側頭葉」などの異常を、より早く見つけられるのが特徴です。
画像上で異常な高信号が見られると、ウイルス性脳炎の可能性が高まり、即時の治療判断につながります。
髄液検査とPCR検査でウイルスを特定
脳にウイルスがいるかどうかを詳しく調べるために、「髄液」という体の中の液体を使った検査も行われます。これは、背中から細い針でほんの少しだけ取り出して行うもので、脳や神経の状態を知るうえでとても大切な検査です。
この髄液の中に、ウイルスの遺伝子があるかどうかを調べる「PCR検査」を使うと、ヘルペス脳炎かどうかをかなり正確に判別できます。ただし、治療を始めてから時間がたつと、ウイルスの量が減って見つかりにくくなるため、検査はできるだけ早く行わないといけません。
ヘルペス脳炎の治療法:時間との勝負
ヘルペス脳炎の治療において最も重要なのは、何よりも「早さ」です。診断が確定する前でも、少しでも疑いがあれば、ただちに治療を開始することが強く推奨されています。
発症から治療開始までの時間が短ければ短いほど、重い後遺症や死亡のリスクを抑えられます。治療の基本は抗ウイルス薬の投与です。併せて脳浮腫やけいれんといった合併症への対応も重要になります。
抗ウイルス薬の早期投与が基本
治療の中心となるのは、ウイルスの動きをおさえる「抗ウイルス薬」と呼ばれる薬です。アシクロビルという薬を点滴でゆっくり体に入れます。
一般的には2週間ほど投与を続けますが、症状が重い場合や、ウイルスが体にまだ残っていると考えられる場合には、さらに数日から1週間ほど治療を延長することもあります。薬が効いているかどうかを確認するために、治療の終わりに検査をして、ウイルスが消えているかを確かめることも大切です。ウイルスが脳で増える前に投与を始めれば、炎症を最小限におさえられます。
脳浮腫の軽減、けいれんへの対応、呼吸・循環管理など
ウイルスによって脳に強い炎症が起きると、脳が腫れて圧迫される「脳浮腫」という状態になることがあります。この状態では、意識がもうろうとしたり、呼吸が苦しくなったりする危険性があります。脳浮腫が疑われる場合には、浸透圧利尿剤による脳圧の軽減や、必要に応じて呼吸・循環の管理が行われます。ステロイド薬の使用については、症例に応じて検討されます。
脳の興奮によってけいれんが起きた場合は、けいれんを止める薬を使って安全を確保します。呼吸が弱くなる場合には酸素を送ったり、心臓や血圧の変化があるときはその管理も並行して行います。
重い症状が出ている患者さんは、集中治療室などで専門的な管理を受けることが必要です。新生児や高齢の方は体の抵抗力が弱いため、病気の進みが早くなる傾向があります。ウイルスだけでなく体全体の回復をサポートしていくことが欠かせません。
ヘルペス脳炎の後遺症
治療によって命が助かっても、すべての人が完全に回復できるわけではありません。ウイルスによって脳の一部が傷ついてしまうと、その影響があとになっても残ることがあります。どんな後遺症が起きやすいのか、どうすれば少しでも軽くできるのかを知っておくことは、本人にも家族にも大切な情報になります。
記憶障害や人格変化、言語障害や運動障害など
ヘルペス脳炎では、脳の中でも特に「側頭葉」や「大脳辺縁系」と呼ばれる場所がダメージを受けやすいことが知られています。これらの場所は記憶や感情、言葉や体の動きなどをコントロールする重要な部分です。そのため、回復後に物事を思い出せなくなったり、新しいことが覚えにくくなる「記憶障害」が現れることがあります。
また、性格が変わったように見えたり、怒りっぽくなったりする「人格の変化」や、言葉が出にくくなる「言語障害」、思うように体を動かせなくなる「運動障害」が出ることもあります。こうした症状の現れ方は人によってさまざまです。軽いものから仕事や学校生活が難しくなるほど重くなることもあります。
早期治療で後遺症を最小限に
ヘルペス脳炎による後遺症は、どれだけ早く治療を始められたかによって大きく左右されます。ウイルスが脳で活動している時間が長ければ長いほど、脳の細胞は強く傷ついてしまいます。逆に、できるだけ早く治療を開始できれば、炎症がひどくなる前に食い止められ、後遺症の程度を軽く抑えられます。
患者のサポートとリハビリテーション
後遺症が残った場合、その後の生活をどう支えていくかがとても重要です。リハビリテーションと呼ばれる訓練によって、失われた機能を少しずつ回復させたり、新しい方法で生活を補ったりできます。たとえば、言葉がうまく話せない人には言語のリハビリ、歩くことが難しくなった人には運動のリハビリなどが行われます。
また、本人が前向きに取り組めるようにするには、家族や周囲の人たちの理解と支えが欠かせません。焦らず、少しずつできることを増やしていく姿勢が、長期的な回復につながっていきます。
ヘルペス脳炎を予防するには
ヘルペス脳炎は、ある日突然かかってしまうことのある病気ですが、日頃の習慣や意識でそのリスクを下げることは可能です。大切なのは、ウイルスへの感染を防ぐこと、そしてウイルスが体の中で暴れ出さないように免疫力を保つことです。ごく基本的な生活習慣の見直しが、大きな予防につながります。
ヘルペスウイルスの感染予防
ヘルペス脳炎の原因となるウイルスは、主に口のまわりにできる「口唇ヘルペス」や、性器にできる「性器ヘルペス」などの形で人から人へとうつります。発疹がある部位に直接触れたり、キスや食器の共有などで唾液を介した感染が起こることがあります。
感染の広がりを防ぐには、発疹が出ているときは人にうつさないように気をつけること、症状がある人との密接な接触を避けることが大切です。また、新生児の場合はとても免疫が弱いため、大人がヘルペス症状を出しているときは赤ちゃんに近づかないなどの配慮が必要です。
目に見える症状がなくても感染していることはあるため、普段から清潔を意識し、無意識のうちにうつしてしまわないよう心がけましょう。
免疫力を高める生活習慣
ウイルスは、体の中に入ったからといってすぐに悪さをするとは限りません。多くの場合、体の免疫力がしっかり働いていれば、ウイルスは静かに潜んでいるだけです。しかし、疲れがたまったり、強いストレスが続いたり、睡眠不足や風邪などで体力が落ちているときに、ウイルスが再び動き出すことがあります。
つまり、ふだんから免疫力を落とさないことが、ヘルペス脳炎の予防にもつながります。毎日しっかり寝て、バランスのよい食事をとり、適度に体を動かすこと。そして心と体を無理させすぎないように、自分のコンディションを整えることがとても大切です。小さな習慣の積み重ねが、ウイルスから脳を守る力になります。
命を守るために早期発見と治療が鍵を握る!おかしいなと思ったら病院を受診しよう
ヘルペス脳炎は、少しでも治療のタイミングが遅れると、命を落とす危険や重い後遺症が残る可能性がある病気です。しかも進行が早いため、「少し様子を見ようかな」と迷っているうちに症状が悪化することも珍しくありません。
頭痛や熱、意識の変化、けいれん、言動の異常など、いつもと違う症状が見られたら、自己判断せず専門の医師に相談しましょう。状況によっては救急車を呼んで、すぐに医療機関を受診することが必要です。
忙しくて通院する時間がない方にはオンライン診療もおすすめ
仕事や育児などで時間が取れず、病院へ行くのが難しいという方もいるかもしれません。そんな場合には、オンライン診療という方法もあります。医師と直接会わなくても、スマホやパソコンを使って相談ができるため、症状が気になるのに通院を後回しにしてしまう心配が減ります。
ただし、意識障害やけいれんなどの症状がある場合には適していません。緊急性があると感じたら、必ず直接医療機関を受診してください。
オンライン診療とは
オンライン診療は、インターネットにつながるスマートフォンやパソコン、タブレットを使って、自宅から医師の診察を受けられる医療サービスです。ビデオ通話のような形式で医師と直接話せるため、画面越しでもきちんと症状を伝えて診断を受けられます。診察の予約や問診、診断はもちろん、処方箋の発行やお薬の受け取り、支払いまで、すべてがオンラインで完結するのが特徴です。
SOKUYAKUとは
SOKUYAKU(ソクヤク)は、オンライン診療を簡単に行えるサービスになります。アプリを通じて、診察の予約から薬の受け取りまでをスムーズに行えるようになっており、使い方もとても簡単です。
お気に入りのクリニックや薬局を登録しておけるため、毎回探し直す必要がなく、スムーズに利用できます。さらに、お薬手帳をスマホの中で管理できる機能もあり、継続的なケアにも対応しています。自宅で診察を受けたあと、処方された薬が最短当日または翌日に届く仕組みになっており、忙しい方や外出が難しい方の強い味方です。
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まとめ
ヘルペス脳炎はあまり多くはない病気ですが、ひとたび発症すると、あっという間に重い状態へと進む可能性があります。初めは風邪のような軽い症状に見えることもありますが、「いつもと様子が違う」と感じたら、迷わず病院を受診しましょう。早い段階で治療を始めることで、後遺症を防げる可能性も高くなります。ヘルペスウイルスについて正しく知り、日ごろから健康を意識して過ごすことが、重症化を防ぐための第一歩です。
唇や皮膚に水ぶくれをつくることで知られる単純ヘルペスウイルス。しかし、このウイルスが脳にまで感染した場合、命に関わる重い病気「ヘルペス脳炎」を引き起こすことがあるのをご存じでしょうか。発症の初期には風邪のような症状が現れるため、気づかないまま一気に病状が進んでしまうケースもあります。この記事では、ヘルペス脳炎の原因や症状、検査・治療法に加え、後遺症や予防のポイントについて、わかりやすく解説します。
ヘルペス脳炎とは?命に関わる脳の炎症
ヘルペス脳炎とは、ウイルスが脳に入り込み、炎症を起こす病気です。炎症によって脳の働きが急激に乱され、命に関わるような重い症状が現れることがあります。
早めに治療すれば回復できる可能性もありますが、治療の開始が発症から24時間以内かどうかで、その後の経過に大きな差が出るとされています。対応が遅れると命に関わったり、回復しても後遺症が残ることがあります。早期発見と早期治療が非常に重要です。
単純ヘルペスウイルスが原因
原因となるのは、「単純ヘルペスウイルス」というウイルスです。このウイルスは、口のまわりにできる「口唇ヘルペス」や、性器のまわりにできる「性器ヘルペス」といった身近な症状を引き起こすことで知られています。
一度感染すると、ウイルスは体の中の神経に潜り込み、普段は静かにしていますが、体が弱ったときに再び活動を始めることがあります。そして、そのウイルスが脳に入り込んで炎症を起こした場合、ヘルペス脳炎を発症するのです。
大人や年長の子どもに起きる場合は、口のまわりに感染するタイプの単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)が原因になることがほとんどです。一方で、生まれたばかりの赤ちゃんでは、母親などからうつる単純ヘルペスウイルス2型(HSV-2)によって脳炎になることがあります。
免疫が低下している場合は、どちらの型であってもウイルスが再活性化し、脳炎を発症するリスクが高まってしまいます。
ヘルペス脳炎の発症の割合は稀だがゼロではない
ヘルペスウイルスそのものはとてもありふれたウイルスで、日本人の多くが子どものころに感染しています。しかし、その中で脳炎になる人はごく一部に限られており、年間に見るとおよそ100万人に3〜4人程度とされています。めったに起こることではありませんが、誰にとっても無関係とは言い切れない病気です。
この病気は50〜60代で多く見られる傾向がありますが、新生児や子どもでも発症することがあり、年齢を問わず注意しないといけません。免疫力が下がっているときや、持病がある方は、ウイルスの再活動によってリスクが高まることがあります。致死率は治療薬の進歩により低下しているものの、油断できない疾患です。
ヘルペス脳炎はどうやって脳に感染するのか
ヘルペス脳炎は、単純ヘルペスウイルスが皮膚や粘膜から体内に侵入し、最終的に中枢神経系、つまり脳にまで達することで発症します。どこからウイルスが入ってくるのか、そしてどんな経路で脳に到達するのかを理解しておくことが、この病気の予防や早期対応のために役立ちます。
どこから感染するのか?
単純ヘルペスウイルスの感染経路は大きく分けて2つあります。ひとつは、唇や皮膚などに現れるヘルペス病変、もうひとつは性器ヘルペスなどの粘膜を介した感染です。これらの病変に触れたり、感染者の唾液などに接触することでウイルスが体内に侵入します。新生児では、出産時に母親からの感染(産道感染)が多く、成人では過去に感染したウイルスが再活性化することで脳炎を引き起こすことが多くなります。
すでにヘルペスウイルスに感染している方では、普段は体の中にひそんでいるだけで症状は出ません。しかし、体調を崩したときや免疫が落ちているときなどにウイルスが再び動き出すと、まれに脳にまで広がって脳炎を引き起こすことがあります。
なぜ脳にまで広がるのか
体に入ったウイルスは、すぐに脳に行くわけではありません。まずは皮膚や粘膜の近くにある神経に入り込み、そのまま神経の中に潜んで静かにしています。そして、再び活動を始めると、神経の通り道をさかのぼるように移動し、最終的に脳にたどり着くのです。
HSV-1は嗅神経や三叉神経を経由して入り込みやすいのが、脳の「側頭葉(そくとうよう)」と呼ばれる部分です。ここは、記憶や感情をつかさどる大切な場所であり、炎症が起きるとさまざまな脳の働きが乱されます。ときには、呼吸や意識に関わる中枢にまで影響が及ぶこともあります。
新生児では、ウイルスが血液の流れに乗って脳全体に広がるケースもあり、症状が重くなることがあります。
ヘルペス脳炎の症状:急激に進行する恐怖
発症から短期間で深刻な神経症状へ進行することがあるため、「気づいたときには手遅れ」というケースも少なくありません。初期は風邪と区別がつきにくく、少し様子を見ようと思っている間に、意識がなくなったり、けいれんを起こしたりすることもあります。子どもと大人では症状の出方に違いがあるため、それぞれの特徴を知っておくことが早期対応につながります。
初期症状が風邪のように見えることがある
ヘルペス脳炎の始まりは、発熱や頭痛といった、ごく普通の風邪に似た症状から始まることが多くあります。ときには鼻水やのどの違和感なども見られるため、風邪だと思って様子を見る人も少なくありません。しかし、この病気の特徴は、こうした症状のあとに急激な変化が起きる点にあります。
たとえば、数日たたないうちに、会話がうまくできなくなったり、反応が鈍くなったり、幻覚や妄想のような異常な言動が出たりすることがあります。本人に自覚がないまま、周囲が「様子がおかしい」と感じることも多いため、いつもと様子が違うと感じたら、早めに病院を受診することが大切です。
子供のヘルペス脳炎症状:けいれんから意識障害
子どもの場合、症状の進行が非常に早いのが特徴です。多くの場合、突然の発熱に続いてけいれんを起こし、その後に意識がはっきりしなくなるといった経過をたどりますが、けいれんに先立って嘔吐がみられる例もしばしばあるため、注意が必要です。
新生児では、「熱が出ない」「発疹がない」といった典型的でない症状を見逃さないことが大切です。たとえば、母乳を飲まなくなったり、ぐったりして動かなくなったりといった、見逃しやすい変化が最初のサインになることもあります。
成人が発症した場合の症状:頭痛から記憶障害
大人がヘルペス脳炎を発症すると、多くの場合は再び動き出したウイルスが脳に入り込んで炎症を起こします。最初は頭痛や発熱といった風邪に似た症状から始まり、数日以内に意識がもうろうとしたり、意味のわからない言動をしたりといった、精神的な症状が出てくることがあります。
特徴的なのは、脳の側頭葉に障害が起きやすいため、記憶障害や短期記憶の消失といった認知機能の低下が強く出るケースです。短期記憶が失われたり、以前とは性格が変わったように感じられたりすることもあります。これらの症状は本人よりも家族や周囲が最初に気づくケースが多いため、気づいたときにすぐ対応できるよう、知識を持っておくことが重要です。
ヘルペス性脳炎は初期診断が大切!
ヘルペス脳炎は、時間との勝負になる病気です。進行がとても早く、放っておくと命に関わったり、後遺症が残ってしまうかもしれません。
だからこそ、医師は「ヘルペス脳炎かもしれない」と感じた時点で、確定診断を待たずにすぐに治療を始めることがあります。そしてその一方で、病気の正体をできるだけ早くはっきりさせるために、いくつかの検査が行われます。
MRIとCTスキャンで早期発見
まず行われるのが、脳の画像を撮って異常がないかを調べる検査です。代表的なのは「CTスキャン」と「MRI」と呼ばれる方法で、どちらも頭の中の様子を詳しく見ることができます。
CTでは、脳の腫れや出血のような大きな変化が確認できます。さらに詳しく調べたいときには、MRIという検査が行われます。MRIは、脳の中でも特に記憶や感情をつかさどる「側頭葉」などの異常を、より早く見つけられるのが特徴です。
画像上で異常な高信号が見られると、ウイルス性脳炎の可能性が高まり、即時の治療判断につながります。
髄液検査とPCR検査でウイルスを特定
脳にウイルスがいるかどうかを詳しく調べるために、「髄液」という体の中の液体を使った検査も行われます。これは、背中から細い針でほんの少しだけ取り出して行うもので、脳や神経の状態を知るうえでとても大切な検査です。
この髄液の中に、ウイルスの遺伝子があるかどうかを調べる「PCR検査」を使うと、ヘルペス脳炎かどうかをかなり正確に判別できます。ただし、治療を始めてから時間がたつと、ウイルスの量が減って見つかりにくくなるため、検査はできるだけ早く行わないといけません。
ヘルペス脳炎の治療法:時間との勝負
ヘルペス脳炎の治療において最も重要なのは、何よりも「早さ」です。診断が確定する前でも、少しでも疑いがあれば、ただちに治療を開始することが強く推奨されています。
発症から治療開始までの時間が短ければ短いほど、重い後遺症や死亡のリスクを抑えられます。治療の基本は抗ウイルス薬の投与です。併せて脳浮腫やけいれんといった合併症への対応も重要になります。
抗ウイルス薬の早期投与が基本
治療の中心となるのは、ウイルスの動きをおさえる「抗ウイルス薬」と呼ばれる薬です。アシクロビルという薬を点滴でゆっくり体に入れます。
一般的には2週間ほど投与を続けますが、症状が重い場合や、ウイルスが体にまだ残っていると考えられる場合には、さらに数日から1週間ほど治療を延長することもあります。薬が効いているかどうかを確認するために、治療の終わりに検査をして、ウイルスが消えているかを確かめることも大切です。ウイルスが脳で増える前に投与を始めれば、炎症を最小限におさえられます。
脳浮腫の軽減、けいれんへの対応、呼吸・循環管理など
ウイルスによって脳に強い炎症が起きると、脳が腫れて圧迫される「脳浮腫」という状態になることがあります。この状態では、意識がもうろうとしたり、呼吸が苦しくなったりする危険性があります。脳浮腫が疑われる場合には、浸透圧利尿剤による脳圧の軽減や、必要に応じて呼吸・循環の管理が行われます。ステロイド薬の使用については、症例に応じて検討されます。
脳の興奮によってけいれんが起きた場合は、けいれんを止める薬を使って安全を確保します。呼吸が弱くなる場合には酸素を送ったり、心臓や血圧の変化があるときはその管理も並行して行います。
重い症状が出ている患者さんは、集中治療室などで専門的な管理を受けることが必要です。新生児や高齢の方は体の抵抗力が弱いため、病気の進みが早くなる傾向があります。ウイルスだけでなく体全体の回復をサポートしていくことが欠かせません。
ヘルペス脳炎の後遺症
治療によって命が助かっても、すべての人が完全に回復できるわけではありません。ウイルスによって脳の一部が傷ついてしまうと、その影響があとになっても残ることがあります。どんな後遺症が起きやすいのか、どうすれば少しでも軽くできるのかを知っておくことは、本人にも家族にも大切な情報になります。
記憶障害や人格変化、言語障害や運動障害など
ヘルペス脳炎では、脳の中でも特に「側頭葉」や「大脳辺縁系」と呼ばれる場所がダメージを受けやすいことが知られています。これらの場所は記憶や感情、言葉や体の動きなどをコントロールする重要な部分です。そのため、回復後に物事を思い出せなくなったり、新しいことが覚えにくくなる「記憶障害」が現れることがあります。
また、性格が変わったように見えたり、怒りっぽくなったりする「人格の変化」や、言葉が出にくくなる「言語障害」、思うように体を動かせなくなる「運動障害」が出ることもあります。こうした症状の現れ方は人によってさまざまです。軽いものから仕事や学校生活が難しくなるほど重くなることもあります。
早期治療で後遺症を最小限に
ヘルペス脳炎による後遺症は、どれだけ早く治療を始められたかによって大きく左右されます。ウイルスが脳で活動している時間が長ければ長いほど、脳の細胞は強く傷ついてしまいます。逆に、できるだけ早く治療を開始できれば、炎症がひどくなる前に食い止められ、後遺症の程度を軽く抑えられます。
患者のサポートとリハビリテーション
後遺症が残った場合、その後の生活をどう支えていくかがとても重要です。リハビリテーションと呼ばれる訓練によって、失われた機能を少しずつ回復させたり、新しい方法で生活を補ったりできます。たとえば、言葉がうまく話せない人には言語のリハビリ、歩くことが難しくなった人には運動のリハビリなどが行われます。
また、本人が前向きに取り組めるようにするには、家族や周囲の人たちの理解と支えが欠かせません。焦らず、少しずつできることを増やしていく姿勢が、長期的な回復につながっていきます。
ヘルペス脳炎を予防するには
ヘルペス脳炎は、ある日突然かかってしまうことのある病気ですが、日頃の習慣や意識でそのリスクを下げることは可能です。大切なのは、ウイルスへの感染を防ぐこと、そしてウイルスが体の中で暴れ出さないように免疫力を保つことです。ごく基本的な生活習慣の見直しが、大きな予防につながります。
ヘルペスウイルスの感染予防
ヘルペス脳炎の原因となるウイルスは、主に口のまわりにできる「口唇ヘルペス」や、性器にできる「性器ヘルペス」などの形で人から人へとうつります。発疹がある部位に直接触れたり、キスや食器の共有などで唾液を介した感染が起こることがあります。
感染の広がりを防ぐには、発疹が出ているときは人にうつさないように気をつけること、症状がある人との密接な接触を避けることが大切です。また、新生児の場合はとても免疫が弱いため、大人がヘルペス症状を出しているときは赤ちゃんに近づかないなどの配慮が必要です。
目に見える症状がなくても感染していることはあるため、普段から清潔を意識し、無意識のうちにうつしてしまわないよう心がけましょう。
免疫力を高める生活習慣
ウイルスは、体の中に入ったからといってすぐに悪さをするとは限りません。多くの場合、体の免疫力がしっかり働いていれば、ウイルスは静かに潜んでいるだけです。しかし、疲れがたまったり、強いストレスが続いたり、睡眠不足や風邪などで体力が落ちているときに、ウイルスが再び動き出すことがあります。
つまり、ふだんから免疫力を落とさないことが、ヘルペス脳炎の予防にもつながります。毎日しっかり寝て、バランスのよい食事をとり、適度に体を動かすこと。そして心と体を無理させすぎないように、自分のコンディションを整えることがとても大切です。小さな習慣の積み重ねが、ウイルスから脳を守る力になります。
命を守るために早期発見と治療が鍵を握る!おかしいなと思ったら病院を受診しよう
ヘルペス脳炎は、少しでも治療のタイミングが遅れると、命を落とす危険や重い後遺症が残る可能性がある病気です。しかも進行が早いため、「少し様子を見ようかな」と迷っているうちに症状が悪化することも珍しくありません。
頭痛や熱、意識の変化、けいれん、言動の異常など、いつもと違う症状が見られたら、自己判断せず専門の医師に相談しましょう。状況によっては救急車を呼んで、すぐに医療機関を受診することが必要です。
忙しくて通院する時間がない方にはオンライン診療もおすすめ
仕事や育児などで時間が取れず、病院へ行くのが難しいという方もいるかもしれません。そんな場合には、オンライン診療という方法もあります。医師と直接会わなくても、スマホやパソコンを使って相談ができるため、症状が気になるのに通院を後回しにしてしまう心配が減ります。
ただし、意識障害やけいれんなどの症状がある場合には適していません。緊急性があると感じたら、必ず直接医療機関を受診してください。
オンライン診療とは
オンライン診療は、インターネットにつながるスマートフォンやパソコン、タブレットを使って、自宅から医師の診察を受けられる医療サービスです。ビデオ通話のような形式で医師と直接話せるため、画面越しでもきちんと症状を伝えて診断を受けられます。診察の予約や問診、診断はもちろん、処方箋の発行やお薬の受け取り、支払いまで、すべてがオンラインで完結するのが特徴です。
SOKUYAKUとは
SOKUYAKU(ソクヤク)は、オンライン診療を簡単に行えるサービスになります。アプリを通じて、診察の予約から薬の受け取りまでをスムーズに行えるようになっており、使い方もとても簡単です。
お気に入りのクリニックや薬局を登録しておけるため、毎回探し直す必要がなく、スムーズに利用できます。さらに、お薬手帳をスマホの中で管理できる機能もあり、継続的なケアにも対応しています。自宅で診察を受けたあと、処方された薬が最短当日または翌日に届く仕組みになっており、忙しい方や外出が難しい方の強い味方です。
まとめ
ヘルペス脳炎はあまり多くはない病気ですが、ひとたび発症すると、あっという間に重い状態へと進む可能性があります。初めは風邪のような軽い症状に見えることもありますが、「いつもと様子が違う」と感じたら、迷わず病院を受診しましょう。早い段階で治療を始めることで、後遺症を防げる可能性も高くなります。ヘルペスウイルスについて正しく知り、日ごろから健康を意識して過ごすことが、重症化を防ぐための第一歩です。
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当コラムの掲載記事に関するご注意点
1.
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2.
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3.
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皮膚科, 形成外科, 総合内科, 美容外科, 美容皮膚科, 先端医療, 再生医療
2014年3月 近畿大学医学部医学科卒業 2014年4月 慶應義塾大学病院初期臨床研修医 2016年4月 慶應義塾大学病院形成外科入局 2016年10月 佐野厚生総合病院形成外科 2017年4月 横浜市立市民病院形成外科 2018年4月 埼玉医科総合医療センター形成外科・美容外科 2018年10月 慶應義塾大学病院形成外科助教休職 2019年2月 銀座美容外科クリニック 分院長 2020年5月 青山メディカルクリニック 開業


















































